去年の11月4日〜16日は入院していた。入院5日目の11月8日は恐らく今のところ私が生きてきたなかで最悪の日だったんじゃないか。ちょうど一年前のあの日のことを身体ごと思い出しながらちょっと書いてみる。


ムンテラで主治医の先生から「手術後は麻酔の後遺症(激しい頭痛と吐き気)が起きないよう、頭を大きく動かしたりしないこと」と念を押されていた。手術翌日の回診ではベッドから出て好きに歩いていいよと言われたが、頭痛が怖くて、動くのはトイレや食事の後片付けなど最低限にしてじっとしていた。
手術から丸二日経っても全く後遺症の兆候はなく、このまま症状が出ないで済むんじゃないか?と思えた。携帯メールをするために3階の病室と玄関とを階段で往復した。夜になって病室に様子を見に来た先生が「大丈夫?」と聞き、ベッドに座ってへらへらしている私を見てそれ以上の質問は思いつかなかったらしく、笑って部屋を出て行った。


翌朝(8日)。「頭が割れるような」というのはこのことかという頭痛。朝食を摂ろうにも、たった1,2回のもぐもぐが脳天を直撃するのに耐えられず、箸を持ったままベッドに倒れこむ。しばらくして起き上がり、またもぐもぐして、またベッドに突っ伏す。
食事を諦め、しかめ面で枕を抱えて寝ている私と手付かずの食事とを見て、何事かという表情でどうした?と聞く先生に、頭が痛いです、とどうにか答える。「そうかぁ…」と少し残念そうに見えた。多分もう大丈夫だろうと思ってらしたんだろう。


悪いことにこの日はこの後にCT撮影があった。早く○○(私)を寄こせと撮影室からナースステーションに連絡があったと言われて予定の時間より早く撮影室へ下りて行ったのに、放置。手狭な病院の1階、人の行き来の多い場所に置かれた(撮影室の外の)長椅子で、だめだ、このままじゃ気絶する、と人目を気にする余裕もなく必死の形相でタテになったりヨコになったりしてるのに、放置。言葉にする度胸も元気もないので、部屋の中で私に背を向けている年配の女性看護師?に、ちくしょうババァ早くしやがれ、とただ毒づいていた。
さんざん放置された後にようやく撮影を終え、エレベータで3階に戻った私は、病室へ帰る前にトイレに駆け込んで、胃液を吐いた。


その後は点滴責め。翌日も激しい頭痛で殺してくれ状態。ようやく少しまともな顔で先生方やスタッフに受け答えが出来るようになったのは、頭痛が始まってから4日近く経ってからだった。


入院中はそれなりに楽しいこともあったけれど、あの麻酔の後遺症はもう勘弁。病気が再発しないよう日々の生活には気をつけているつもりです。